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名古屋高等裁判所 昭和63年(ネ)286号 判決 1989年2月21日

控訴人

破産者服部順破産管財人弁護士加藤謙一

右常置代理人弁護士

向山富雄

被控訴人

日本航空株式会社

右代表者代表取締役

山地進

右訴訟代理人弁護士

花岡敬明

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「(一) 原判決を取り消す。(二) 本件を津地方裁判所に差し戻す。」との判決を求め、被控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。

二  当事者の主張は、次に訂正、付加するほか、原判決事実摘示第二項記載のとおりであり、証拠関係は、本件記録中の証拠に関する目録記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二枚目表七行目の「原告に」から末尾までを「慰謝料請求権を取得したところ、右破産宣告後控訴人に対し、右慰謝料請求権を行使する旨を明らかにした。これにより、右慰謝料請求権は破産財団に属するに至り、控訴人がその管理処分権、訴訟追行権を得た。」に改める。

2  同六枚目裏末行の「当事者」を「当事者間」に改める。

3  同七枚目表末尾に「また、同一事由につき、破産宣告時に債務名義等が成立し、金額等が確定している場合は破産財団に属するが、しからざる時は属さないとすることはいかにも不公平である。」を加える。

4  同八枚目表一〇行目の末尾に次のとおり加える。

「以上の各点を更にふえんすれば、次のとおりである。

本件において、当事者適格を判断するについては、次の三点を考慮に入れるべきである。第一に、破産財団は破産者が破産宣告時に有した一切の財産をもって構成することを原則とするということである。このことは、破産が包括執行であることを考えれば当然であるし、それでこそ債権者の一応の納得も得られるのである。もっとも、法は社会政策的見地から差押禁止財産を認め、破産者の最低生活を守ることにも配慮しているが、右のような破産の構造からして、それは、より制限的に考えられなければならない。第二に、当事者適格という訴訟法的概念と差押禁止債権という実体規定の交錯による中間的解釈が必要となる場面が生ずることを理解する必要がある。第三に、それが破産手続のどの場面で生じている事柄かも、解釈論と直結する。

ところで、本件において直接問題となるのは、破産法六条三項ただし書の「破産宣告後差押フルコトヲ得ルニ至リタルモノ」は破産財団に属するという実体規定の意味と、それをだれが、いかなる手続をもって「差押フルコトヲ得ルニ至ラシメル」のかという手続上の問題である。この実体規定を前記最高裁判決に沿って解すると、慰謝料請求権が客観化されていないうちは破産者(被害者)本人が訴訟追行を行い、債務名義が成立したら破産財団が発見されたこととなり、以後執行手続は破産管財人が行うこととなる。

しかし、かかるときは、破産手続は、破産者の恣意に委ねられ、安定しないという重大な不都合を生ずるし、訴訟法的には、強制執行を行って満足を得る地位にない者に、果たして「給付の訴」を提起する訴えの利益があるといい得るのかという、訴権問題が生ずる。更に、本件に即していえば、被害者(破産者)が既に資力を失い、訴訟追行を破産管財人に求めているのに、一身専属権を理由に破産管財人の訴訟追行権を否定することは、背理というべきである。

一身専属論は、権利主体に主観的満足の実現を任せるのを相当とする制度であるはずなのに、その意思の下に行動しようとする破産管財人が当事者適格を取得できないとする理由は全くない。前記最高裁判決の事案のように、破産終結決定後破産者自らが訴えを提起している場面では、「具体的な金額が当事者間において客観的に確定しない間は、被害者がなおその請求意思を貫くかどうかその自律的判断に委ねるのが相当であるから、右権利はなお一身専属性を有するというべきであって」と説明し、その者の当事者適格を認めることに一応の根拠があるが、破産者が、その自律的判断の下で慰謝料請求権を行使する意思を明確にし、その破産財団への帰属を願い、破産管財人に行動を求めている本件のごとき場合には、一身専属性は、破産管財人の当事者適格を否定する理由付けとはならない。

もっとも、破産者がその訴訟追行の意思を放棄するようなことがあれば、手続が安定しないとする見解が考えられるが、それは、観点を変えればどの段階に至った時に、放棄が許されないと考えるかという問題に帰着する。前記最高裁判決では、その時期を「債務名義が成立した時」とし、「具体的な金額の慰謝料請求権が当事者間において客観的に確定したときは、右請求権については、もはや単に加害者の現実の履行を残すだけであって、その受領についてまで、被害者の自律的判断に委ねるべき特段の理由はない」としている。しかし、債務名義が成立したとしても、慰謝料請求権という原因が変化するわけではないから、本人の主観的満足ということを重視して考えれば、なお強制執行するかどうかは本人の自律的判断に任せるべきであるとする見解も可能と思われる。それを敢えて「債務名義成立の時」とするのは、権利が可視的となった右時点からは本人の放棄を許す必要がないとする判断にほかならない。

これを破産手続に即して考えれば、本来破産者の有する慰謝料請求権は、終極においては破産財団に属すべき権利なので、破産者が破産手続において権利行使の意思を明らかにすれば、以後その放棄を許さず破産管財人の訴訟追行権が確立すると考えるべきである。そして、その手続とは、債権者集会における破産者の意思表明とそれに基づく決議ないしは破産裁判所の訴え提起の許可と考えるのが相当である。そうでないと、被害者(破産者)は、破産手続外で債権者らから慰謝料請求権行使の圧力を受け続け、無資力状況下にあり、かつ、自己の自由財産となるわけでもないのに、自らの費用で訴え提起をせざるを得ない状況に追い込まれるおそれすらあり、破産手続は、いよいよ不安定なものとなるという不都合を生ずる。」

5  同九枚目表一〇行目の次に、行を改めて次のとおり加える。

「なお、控訴人は、破産者が債権者集会において慰謝料請求の意思を表明し、それに基づく決議ないしは破産裁判所の訴え提起の許可があれば、慰謝料請求権は破産財団に帰属する旨主張するが、かかる見解は、前記最高裁判決に判示されている慰謝料請求権の本質に反するものである。慰謝料請求権は、その行使の意思表示から、請求権の客観的な確定に至るまで、すべて請求権者の自律的判断に委ねられるべきものである。控訴人の見解は、破産財団側の便宜の観点のみに立つものであり、慰謝料請求権の本質と矛盾するものである。」

理由

一当裁判所も、控訴人の本件訴えは却下すべきものと判断する。その理由は、次の訂正、付加するほか、原判決理由第一項説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一〇枚目裏末行の「金額が」の後に「当事者の合意や判決等債務名義の成立により」を、同一一枚目表六行目の「解する」の後に「(最高裁判所昭和五四年(オ)第七一九号同五八年一〇月六日第一小法廷判決、民集三七巻八号一〇四一ページ参照)」をそれぞれ加える。

2  同一一枚目表六行目の次に、行を改めて次のとおり加える。

「控訴人は、本件では、右最高裁判決の事案と異なり、被害者たる訴外服部が控訴人に対し、積極的に慰謝料請求権の行使を委ねる旨の意思表示をしているのであるから、これに基づいて控訴人が本訴により右慰謝料請求権を行使することは、訴外服部の意思に沿うものでこそあれ、右請求権における行使上の一身専属性を害するものではあり得ない旨主張する。しかしながら、前示のとおり、近親者の生命侵害を理由とする慰謝料請求権も、名誉毀損を理由とする慰謝料請求権と同様に、専らその権利者の自由な意思によってこれを行使するかどうかを決すべきものと解すべきところ、慰謝料請求権の権利者に、その権利の行使、不行使につき、真に自由な意思決定(それは、一般には、単に強制されない任意の意思の表示というレベルとは、質的に異なるものというべきである。)を確保するという観点からすれば、被害者(破産者)自らが訴え等により慰謝料請求権を行使することと、これを他の者の訴訟追行に委ねる(ことに同意する)こととを全く同質の事柄とみることはできない(殊に、一般に、破産者が破産債権者等との関係で心情的に負い目を感じ、心ならずも債権者の意向に従わざるを得ない場合も生ずるおそれがあると認められることからすれば、なおさらその感が強い。)。しかも、控訴人主張のように、破産者がいったんその慰謝料請求権の行使を破産管財人に委ねた後は、その撤回ができなくなるものとすれば、右慰謝料請求権の額が判決手続で確定しないうちに、本来その権利者において債務名義の成立までは自由に行われるべき権利の行使、不行使の意思決定が明らかに制約を受ける結果とならざるを得ず、前記最高裁判決の趣旨に照らしても、相当とはいい難い。それ故、本訴において、控訴人に当事者適格を認めることが訴外服部の慰謝料請求権における行使上の一身専属性を害しないとする控訴人の主張は、採用することができない。

なお、控訴人は、本訴において控訴人に当事者適格が認められないことから生ずる問題点として、(1)権利実現、紛争解決の手段として、迂遠であること、(2)被害者自身に訴えの利益があるかどうか疑問であること、(3)破産手続が破産者の恣意に振り回され、法的安定を損ない、また、事案により不公平を来すこと、(4)破産者が破産債権者等から不当な圧迫を受け続けるおそれがあること、などの点を指摘するので、以下順次検討する。

まず、(1)についてみるに、控訴人の主張は、破産者の権利行使の意思が常に明確かつ固定している(とみなすべき)こと、及び、権利確定後の慰謝料請求権が必ず破産財団に属することになることを前提とした上で、そのような破産者の意思の実現と究極的な破産財団の満足を得る手段としては、破産管財人に訴訟追行権を与える方がより直截的であると論じているものと解される。しかしながら、右のうち、破産者の権利行使の意思を(殊に、本件で控訴人が主張するように、破産管財人に訴訟追行を委ねる意思表示のみで)常に明確かつ固定的なものとして処理することが、その行使上の一身専属性からして相当でないことは、前示のとおりである。また、慰謝料請求権が前示の意味で客観的に確定する前に破産手続が終了した場合には、結局、右請求権は、破産財団に属しないまま、破産者の自由財産となるから、右請求権が必ずしも常に究極的に破産財団に属すべきものと断ずることもできない(前記最高裁判所昭和五八年一〇月六日判決参照)。してみると、(1)の指摘は、結局独自の前提をとった上での立論として、十分な説得力を持ち得ないものといわざるを得ない。

次に、(2)についてみると、右のとおり場合により、破産者自らが自由財産として慰謝料を取得し得る立場にある上、仮に、それが究極的に破産財団に属せしめられることとなっても、これにより、破産者の債務の全部又は一部が消滅すべきことは明らかであって、いずれにしても、破産者自身が慰謝料請求権を行使することにつき、訴訟上及び実際上破産者に利益がないとの所論は、これまた採用することができない。

更に、(3)についてみるに、確かに、慰謝料請求権の行使に関し、前示の解釈をとるとすれば、破産手続が終了するまで、右請求権が究極的に破産財団に帰属することになるかどうか不確定であって、その帰すうが、基本的には破産者の意向に左右されるものとなることも否定し難い。しかしながら、これらの点は、いわば、前示のとおり慰謝料請求権の権利者に自由な意思決定を確保すべきことと裏腹の関係に立つものであって、かかる要請を優先させる以上、右のように、破産手続上慰謝料請求権の最終的な帰属につき、不確定的な要素が伴うことは、ある程度やむを得ないところというべきであり、その意味では、慰謝料請求権は、本来、他の一般の財産に比較して破産財団への帰属性が稀薄な財産であるといわざるを得ない。そして、右のとおり慰謝料請求権には不確定的な要素があるとはいえ、これにより本来の破産手続の進行自体に顕著な支障を来すという性質のものではないことも併せ考慮すれば、右の点をもって、前示解釈を覆すべきほどの事情とすることはできない。

また、(4)についてみると、破産者が財産確保の観点から破産債権者等から圧迫を受け得る可能性は、破産管財人に訴訟追行権を認めると否とにかかわらず一般的に存するところであって、これまた、直ちに前記解釈を覆すべき根拠とすることはできない。かえって、一般的には、破産者自身に訴え提起の決断を委ねる方が、その自由な意思決定の確保に、より沿い得ることは、前示のとおりである。

以上、要するに、控訴人の指摘する各点は、いずれも、独自の見解として採り得ないもの、あるいは、いまだ前記結論を覆すに足りないものというべく、その他、控訴人の主張を検討しても、前記結論を左右すべき事情を見いだすことはできない。」

3  同一一枚目表七行目の「甲第一〇号証の二」を「甲第一〇号証の一、二」に」に改め、同九行目の「この事実」の後に「と弁論の全趣旨」を加え、同枚目裏一行目から二行目の「具体的慰謝料額の合意もしくは確定したこと」を「具体的な慰謝料額につき合意がされ、若しくは判決等の確定をみたこと」に改める。

二よって、控訴人の本件訴えを却下した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官浅香恒久 裁判官日髙乙彦 裁判官畑中英明)

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